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浦和地方裁判所 昭和46年(わ)775号 判決 1975年1月29日

主文

被告人Kを懲役一八年に、

被告人Aを懲役一五年に、

被告人Sを懲役一三年に、

被告人Y′を懲役三年六月に、

それぞれ処する。

未決勾留日数中、被告人K、同A、同Sに対しては各一、〇〇〇日を、被告人Y′に対しては一二〇日を、それぞれその刑に算入する。

理由

Ⅰ  被告人らの略歴

被告人Kは、昭和四三年三月愛知県立○○高校を中退して同年四月三重県立○○○○高校三年に転入し、翌四四年三月同校を卒業後○○法律学校を経て、翌四五年四月日本大学文理学部哲学科に入学したもの、被告人Aは、昭和四三年八月島根県立○○高校を三学年中途で退学し、同四五年三月陸上自衛隊に入隊し、同年九月山口駐とん地から朝霞駐とん地の第三一普通科連隊第一中隊に転じ、同四六年三月一等陸士で陸上自衛隊を除隊した後、住込みで東京都品川区所在日本経済新聞○○専売所の新聞配達員となる一方、同年四月駒沢大学経済学部二部に入学し、同年六月下旬ごろには右○○専売所を退職して千葉県○○郡○○町所在の民宿「M荘」(経営者M)の喫茶部の責任者としてアルバイト勤務するようになったもの、被告人Sは、昭和四五年三月千葉県○○高校を卒業し、同年四月日本大学文理学部哲学科に入学したもの、被告人Y′(以下、旧姓の「Y」と呼ぶこととする。)は、昭和四五年三月神奈川県横浜市立○○高校を卒業し、同年四月日本大学文理学部心理学科に入学したものである。

Ⅱ  罪となるべき事実

一、本件犯行に至る経緯

被告人Kは、三重県立○○○○高校在学中からいわゆる左翼思想に共鳴し、昭和四五年四月日本大学(以下、日大と略称する。)文理学部哲学科に入学するや、自らが中心となって同時に右哲学科に入学した他の学生らを募り、「現代哲学芸術思潮研究会」(通称「哲芸研」)と称する学内学術研究サークルを創設し、その部長となったが、右哲学科に入学して同被告人と同じクラスとなった被告人Sおよび同じく横浜市立○○高校を卒業して右哲学科に入学した友人Bに誘われた被告人Yもこれに加入し、被告人Kを中心として大学問題、政治ないし社会思想について学習、討論を重ね、互いにその理解を深めていった。ことに被告人Sは、現在の政治体制ないし社会機構に対する批判およびその変革を志向する被告人Kの言動に全く共鳴し、折から生じた一連のいわゆる日大闘争を通じ同被告人に密接に従って行動するようになり、また被告人Yは、哲芸研のメンバーの一員としてその学習会、討議会に参加し、被告人Kと行動を共にしているうち同被告人に好意を抱き、昭和四六年七月末ごろ同被告人と情交関係を結ぶに至って一層親密となった。その間、被告人Kは、雑誌などを通じて知った京都大学経済学部助手(当時)T′ことTの武力革命思想に共鳴し、昭和四六年四月半ばごろ、朝日新聞N記者の紹介で同人と会うに至って本件一連の武器奪取斗争を企てるようになった。他方、被告人Aは、東京都中央区所在○○○○企業株式会社(M社長)の経営する前記「M荘」喫茶部の責任者として雇われたのち、昭和四六年七月一二日ごろ右会社に勤務していた日大文理学部哲学科出身のHを介して被告人Kと知り合い、同被告人と行動を共にするようになり、次いで同年八月一二日ごろ、後記のとおり、東京都千代田区内幸町所在帝国ホテルにおいて同被告人を介して被告人Sおよび同Yらとも知り合うようになった。

二、本件各犯行

第一、被告人Sは、前記哲芸研に所属していたIと共謀し、そのリーダーであったKの指示に基づき、現在のわが国の急進的な変革を目指す運動の一環として日大内における従来の活動母体であった全学共闘会議派の解体、再編を目的とし、日大構内に火と煙を上げて大学当局に不安と動揺を与え、学生に対するその取締りの強化とそれに対する学生らの反揆を惹起し、ひいては日大内に緊張状態を誘発させようと企て、

(一) 昭和四六年四月二四日午後二時五分ごろ、東京都世田谷区桜上水三丁目五番四〇号に所在する日大文理学部内の、折から授業実施中で多数の学生および大学教職員らの現在する一号館校舎建物三階東側の人気のない一三七B教室において、所携の火炎壜(ガソリンおよび灯油などの混合液を入れて布栓をしたもの)二本の口先の布切れにそれぞれマッチで点火し、これを同教室内床面に投げつければ右一号館建物を焼燬するに至るかも知れない事情を認識しながら、敢えて被告人Sおよび前記Iにおいて右火災壜一本ずつを右教室内の床面に投げつけ炎上させて人の現在する右一号館建物に放火したが、その直後同建物内にいた掃除夫および学生らが発見し、消火したため、同教室備付の木製教壇、教卓および椅子などを燻焼するに止まった。

(二) 右同年五月一九日午前一一時五分ごろ、前記日大文理学部内大講堂裏に所在する日大文理学部長菊地栄一管理にかかる木造平屋建トタン葺物置一棟(建坪約四・二五平方メートル)内において、右Iにおいて見張りに立ち、被告人Sにおいて所携の火炎壜二本の栓をはずしてその中のガソリン、灯油などの混合された液体をその床面に散布し、その上に所携のトイレットペーパーを置き、これにマッチで点火し、右液体に燃え移らせて火を放ち、床板、棚、柱などに順次燃え移らせ、よって現に人の住居に使用せず、かつ人の現在しない右物置一棟を全焼させて焼燬した。

第二、被告人Sは、他一名と共謀して昭和四六年七月二五日ごろの午後九時ごろ、東京都世田谷区赤堤五丁目三〇番九号所在岩城ビル新築現場において、有限会社菅谷工務店代表取締役菅谷三管理にかかる作業用ヘルメット四個(時価二、〇〇〇円相当)を窃取した。

第三、被告人K、同A、同Sおよび同Yは、前記Hと共に、昭和四六年八月一二日午後八時過ぎごろ、東京都千代田区内幸町所在帝国ホテルに集合し、米軍三四空軍基地から銃器などを強取することの共謀を遂げ、翌一三日午前三時ごろ、あらかじめ被告人Kの指示により同Sおよび同Yが買い求めた柳刃包丁一丁を被告人Sが所持して右Hにおいて運転する普通乗用自動車(レンタカー)の助手席に被告人Y、その後部座席に被告人Aおよび同Sが同乗し、途中で、被告人Aおよび同Sにおいて、かねて準備した自衛官の制服に着換えたうえ、東京都練馬区光が丘一番に所在する在日米国空軍三四空軍基地中隊正門前に至り、被告人Aおよび右包丁を持った同Sにおいて右自動車より降り、右正門の警備に従事していた警備隊員から銃器等奪取の機会を窺い、もって強盗の予備をした。

第四、被告人K、同Aおよび同Sは、昭和四六年八月一四日午後一〇時ごろ、東京都杉並区和泉町一丁目三番四号所在スナック「光」に集合し、同都世田谷区赤堤四丁目四八番地九号所在警視庁北沢警察署七軒町派出所を襲うことを企て、先ず被告人Sにおいて右派出所およびその周辺の下見をしたうえ、翌一五日午前零時ごろ再び同都杉並区方南町一丁目所在の小公園に集合し、右派出所を襲って警察官から拳銃などを強取するにつき最終的な共謀を遂げ、同日午前三時三〇分ごろ、被告人Aおよび同Sにおいて、かねて準備した自衛官の制服に着換えたうえ、被告人Sが前記柳刃包丁を入れたボストンバックを持ち、右派出所勤務の警察官に対し被告人Sが酔って工合が悪くなったから休ませてもらいたいと偽って、同所玄関よりその内部に入り、もって人の看守する建造物に不法に侵入し、同派出所勤務の警察官からその携帯する拳銃などを奪取する機会を窺い、もって強盗の予備をした。

第五、被告人Kは、武器奪取の際レンタカーのナンバープレートを取り換えるために使用する目的で、

(一) 昭和四六年八月一七日ごろの午前零時過ぎごろ、前記Hと共謀のうえ、東京都三鷹市井の頭四丁目二三番六号先路上において、同所に駐車中の藤岡儀久所有の普通乗用自動車前部に取付けてあったナンバープレート(多摩五な四三九一号)一枚(時価一、〇〇〇円相当)を窃取した

(二) 右同年八月一八日午前三時ごろ、同都杉並区阿佐ヶ谷北二丁目一八番先空地において、同所に駐車中の森正彦所有の軽乗用自動車前、後部に取付けてあったナンバープレート(八練馬こ六七〇七号)計二枚(時価合計二、〇〇〇相当)を窃取した

第六、(一) 被告人K、同Aおよび同Sは、昭和四六年八月一五日午前四時ごろ、東京都新宿区西武新宿駅近くの喫茶店「ヴィレッヂゲート」に集合し、次の土曜日(八月一一日)に自衛隊朝霞駐とん地から銃器などを奪取する計画を実行に移すことを決定し、さらに同月二〇日正午過ぎごろ、千葉県木更津市富士見地内国鉄木更津駅前の喫茶店「ふじみ」に集まり、陸上自衛隊朝霞駐とん地内に侵入し、警衛勤務中の陸上自衛官に発見された場合にはこれを殺害してでも同駐とん地内の弾薬庫などから銃器などを強取することにつき最終的な共謀を遂げ、同月二一日午後三時過ぎごろ、東京都新宿区新宿七丁目一〇番三号所在の喫茶店「タイムス」に集合し、右共謀にかかる武器奪取計画の実行につき各自の役割を確認し合うなどしたのち、被告人Sの運転する普通乗用自動車(レンタカー)に被告人Aが同乗し、途中同都板橋区成増一丁目三四番一二号地先付近空地において二人とも予め準備した自衛官の制服に着換え、同日午後八時三〇分ごろ、埼玉県和光市広沢一の二〇番地所在陸上自衛隊朝霞駐とん地に至り、陸上自衛官を装ってその北側正門から同駐とん地司令近藤又一郎看守にかかる右駐とん地内に入り、もって人の看守する建造物に不法に侵入したうえ、右レンタカーを同駐とん地内売店(PX)前に駐車させて降車し、同日午後八時四五分ごろ、同駐とん地七三四号隊舎東側路上において、折から動哨勤務中であった陸士長一場哲雄(当時二一年)と出会うや、右被告人両名において、一旦はやり過す風を装いつつ、不法な侵入の発覚することを防ぎ、また同人の携帯するライフル銃を強取することを決意し、被告人Aにおいて、右一場陸士長に接近し、いきなり右手拳で同人の腹部を強打し、同人に組みつき膝蹴りを加えて格闘となるや、被告人Sにおいて所携の前記柳刃包丁を振ってその右胸部などを数回に亘って突き刺し、よって動哨警衛中の同自衛官の職務の執行を妨害するとともに、同人をして間もなく同所付近において二個の右胸部刺創に基づく胸腔内出血などにより死亡するに至らしめたが、格闘中付近の草むらに落ちた右一場陸士長所携のライフル銃一丁を発見することができず、そのまま右自動車に乗って逃走したため武器等強取の目的を遂げなかった。

(二) 被告人Aおよび同Sは、右同年八月二一日午後八時四五分ごろ、右陸上自衛隊朝霞駐とん地七三四号隊舎東側路上において、前記(一)のとおり動哨勤務中の自衛官一場哲雄を殺害したのち、同人の所携していたライフル銃を捜しても発見できなかったため、右朝霞駐とん地内に侵入した証拠品として同人の着用物などを窃取することにつき互いに意を通じ合って共謀のうえ、被告人Aにおいて右倒れている一場自衛官の腕部からその着装していた警衛腕章一枚(時価二八〇円相当)を窃取した

(三) 被告人Yは、前記(一)のように、K、AおよびSにおいて共謀のうえ、右同年八月二一日午後八時三〇分ごろ、陸上自衛隊朝霞駐とん地内に侵入し、同日午後八時四五分ごろ、ライフル銃を強取すべく折から動哨勤務中の陸士長一場哲雄を殺害し、同時にその公務の執行を妨害したものの、右一場自衛官所携のライフル銃を草むらに見失なって強取の目的を遂げなかった際、右Kからの打ち明け話などによって予めその情を知りながら、同人の指示にしたがい、前記Bと共に、右犯行前日の八月二〇日ごろ、神奈川県横浜市○○区○○町字△△×××番地所在の自宅において、Aらが奪取して来た銃器などを隠して運搬するための縫いぐるみ人形一個を作り、犯行当日の八月二一日午後四時ころ、下宿先であった東京都世田谷区○○○×丁目××番××号所在「D荘」の自室から前記喫茶店「タイスス」まで自衛官の制服やヘルメット、ビラなどの入ったボストンバックおよび布袋を運搬してKに手渡し、さらに同日午後八時三〇分過ぎごろ、同都板橋区成増地内東武東上線成増駅前の喫茶店「宮殿」において、右のように自衛隊朝霞駐とん地内に侵入したAからの電話を受けてKに連絡するなどし、もってKらの前記(一)の犯行を容易ならしめてこれを幇助した

ものである。

Ⅲ  証拠の標目≪省略≫

Ⅳ  法令の適用

被告人Kの判示第三の所為および第四の所為中、強盗予備の点はいずれも刑法六〇条、二三七条に、判示第四の所為中住居侵入の点は同法六〇条、一三〇条、罰金等臨時措置法(刑法六条により昭和四七年法律六一号による改正前のもの、以下同じ)三条一項一号に、判示第五の(一)の所為は刑法六〇条、二三五条に、同(二)の所為は同法二三五条に、判示第六の(一)の所為中、建造物侵入の点は同法六〇条、一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、公務執行妨害の点は刑法六〇条、九五条一項に、強盗殺人の点は同法六〇条、二四〇条後段にそれぞれ該当するが、判示第四の住居侵入と強盗予備とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により重い住居侵入の罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、判示第六の(一)の建造物侵入と強盗殺人との間には手段結果の関係があり、公務執行妨害と強盗殺人とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として最も重い強盗殺人の罪の刑で処断することとし、右強盗殺人の罪につき所定刑中無期懲役刑を選択し、以上の各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四六条二項により他の刑を科さず、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条二号により酌量減軽した刑期範囲内で同被告人を懲役一八年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち一、〇〇〇日を右の刑に算入する。

被告人Aの判示第三の所為および第四の所為中、強盗予備の点はいずれも刑法六〇条、二三七条に、判示第四の所為中、住居侵入の点は刑法六〇条、一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第六の(一)の所為中、建造物侵入の点は刑法六〇条、一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、公務執行妨害の点は刑法六〇条、九五条一項に、強盗殺人の点は同法六〇条、二四〇条後段に、同(二)の所為は同法六〇条、二三五条にそれぞれ該当するが、判示第四の住居侵入と強盗予備とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により重い住居侵入の罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、判示第六の(一)の建造物侵入と強盗殺人との間には手段結果の関係があり、公務執行妨害と強盗殺人とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として最も重い強盗殺人の罪の刑で処断することとし、右強盗殺人の罪につき所定刑中無期懲役刑を選択し、以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四六条二項により他の刑を科さず、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条二号により酌量減軽した刑期の範囲内で同被告人を懲役一五年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち一、〇〇〇日を右の刑に算入する。

被告人Sの判示第一の(一)の所為は刑法六〇条、一一二条、一〇八条に、同(二)の所為は同法六〇条、一〇九条一項に、判示第二の所為は同法六〇条、二三五条に、判示第三の所為および第四の所為中、強盗予備の点はいずれも同法六〇条、二三七条に、判示第四の所為中、住居侵入の点は刑法六〇条、一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第六の(一)の所為中、建造物侵入の点は刑法六〇条、一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、公務執行妨害の点は刑法六〇条、九五条一項に、強盗殺人の点は同法六〇条、二四〇条後段に、同(二)の所為は同法六〇条、二三五条にそれぞれ該当するが、判示第四の住居侵入と強盗予備とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段により重い住居侵入の罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、判示第六の(一)の建造物侵入と強盗殺人との間には手段、結果の関係があり、公務執行妨害と強盗殺人とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として最も重い強盗殺人の罪の刑で処断することとし、右強盗殺人の罪につき所定刑中無期懲役刑を選択し、以上の各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四六条二項により他の刑を科さず、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条二号により酌量減軽した刑期の範囲内で同被告人を懲役一三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち一、〇〇〇日を右の刑に算入する。

被告人Yの判示第三の所為は刑法六〇条、二三七条に、判示第六の(三)の所為中、建造物侵入の点は同法六二条、一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、公務執行妨害の点は刑法六二条、九五条一項に、強盗殺人の点は同法六二条、二四〇条後段にそれぞれ該当するが、判示第六の(三)の建造物侵入と強盗殺人との間には手段結果の関係があり、公務執行妨害と強盗殺人とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として最も重い強盗殺人の罪の刑で処断することとし、右強盗殺人の罪につき所定刑中無期懲役刑を選択し、右は従犯であるから同法六三条、六八条二号により法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第六の(三)の強盗殺人幇助の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をし、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽した刑期の範囲内で同被告人を懲役三年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち一二〇日を右の刑に算入する。

訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人らに負担させないこととする。

Ⅴ  弁護人らの主張に対する判断

一、現住建造物放火未遂罪の成否について

被告人Sの弁護人は、判示第一の(一)の現住建造物放火未遂事件について、被告人Sは無罪である旨を主張するところ、その理由は詳かではないものの、右弁護人は同被告人の前弁護人の主張を援用したものと推認されるが、その主張の要旨は、本件現住建造物放火未遂の対象物たる日大文理学部一号館一三七B教室(以下、本件教室という。)の構造は鉄筋コンクリート造りであり、床、天井、壁の材質もコンクリートであってすべて不燃性の材料でできており、教室内の天井、壁などに塗布されている塗料はその状態においては可燃性はなく、教室内の机、椅子はもとより建物の一部ではなく、また窓などに一部木製部分があるとしても、それは毀損しなければ取り外すことのできないものではない以上、建物には包含されず、又本件建物は火炎壜一、二本で焼燬することは全く不能であるから結局建物自体に可燃性のない本件教室内における火炎壜投擲行為は客観的に現住建造物放火未遂をもって論じることのできるものではなく、本件現住建造物放火未遂につき被告人Sは無罪であるというにある。そこで、以下この点について判断を加えることとする。

(一)  先ず、放火罪の目的物たる建造物とは、家屋その他これに類似する建築物であって屋蓋を有し、壁または柱材により支持せられて土地に定着し、少くともその内部への人の出入りが可能なものをいうと解すべきであって、右建造物本体がコンクリート等の不燃性の物質で構築されていることを理由に刑法一〇八条の建造物に該当しないとはいえない。何故なら放火罪は火力により公共の危険を生ぜしめるもので、公共危険罪の一種であるが、同時に住居その他の財産を焼燬する点で財産犯罪としての性格をも有しており、ここにいう焼燬とは火力によって客体がその重要部分を失い本来の効用を失う程度に毀損された状況をいうから、建造物で、かかる焼燬の可能性の認められる限り、前記法条にいう建造物に該当するといわねばならないからである。

(二)  そこで、本件教室の位置、構造、内部状況等につき検討するに≪証拠省略≫によれば、

(1) 本件教室は、鉄筋コンクリート造り地下一階、地上三階建(但し、中央一部分は五階建)の一部を占めて、その三階東隅に位置し、南北七メートル、東西九メートル、高さ三・三四メートルの空間を有する教室であること、

(2) 本件教室北側部分は廊下に面し、その前後二か所に木製開き戸が設けられているが、前部の開き戸は幅〇・八五メートル、高さ一・八メートルの片開きもの、後部のそれは幅一・六メートル、高さ一・八メートルの両開きのものであり、さらに右開き戸出入口の間に二つの窓が設けられているが、右窓の枠組みは木材であること、

(3) 本件教室西側前部は、全面コンクリート壁で、それに平行して縦一・二メートル、横四・〇メートルの黒板一個が設けられており、右の壁に接して幅〇・九メートル、横一・八メートル、高さ〇・二三メートルの木製の教壇二個が左右に接して設置され、その教壇上中央付近には幅〇・四五メートル、横〇・九メートル、高さ一・二メートル、前部および左右部ベニヤ板張りの木製教卓一個が置かれてあること、

(4) 本件教室東側後部は一面コンクリート壁となっていること、

(5) 本件教室東側後部には、一部のコンクリート壁を除いて枠組みが金属性の窓七個が設けられていること、

(6) 本件教室の天井は一面コンクリートでおおわれ、四〇ワット二本を一基とする螢光灯六基が下がっており、床は大部分コンクリートで、一部分にタイルが張られていること、

(7) 本件教室内には正面西側に向かって三列に木製の長机および長椅子が各々三〇個並べられていたこと、

を認めることができ、右に認定した本件教室の位置、構造、内部状況等によれば、本件教室は壁、天井、床等その主要部分はコンクリート造りであって可燃性を有するものとは認められない(この点検察官は天井、南側に設置された窓の金属性枠組みに塗布された塗料の自然性ないし可燃性をもって本件教室自体の可燃性を主張するが、これはいわゆる独立燃焼説に基いて本来不燃性を有する建物本体の燃焼の可能性を肯定しようとするもので、本件の場合には失当であること明白である)が、本件教室内には前認定のとおり木製の長机および長椅子が各々三〇個有した外、黒板、木製教壇二個、教卓一個、木製開き戸二ヶ等、容易に燃焼するものが存しその燃焼により教室としての重要部分を失い、本来の効用を毀損するに至ることは明白であり、右燃焼による火や煙が本件教室北側の前後部の木製開き戸および木製枠の窓ガラス等を通して文理学部一号館の他の教室や廊下に拡がり、その結果人の現存する同一号館全体を前同様焼燬するに至る可能性の存したことは容易に肯定されるところである。然れば、本件教室内の床面にマッチで点火した火炎壜を投げつけ、教壇や机、椅子等に焼え移らせた被告人Sの行為は現住建造物放火未遂罪を構成するものといわなければならない。よって、この点に関する被告人Sの弁護人の主張は採用しない。

二、強盗殺人の犯意などを争う弁護人らの主張に対する判断

1(弁護人らの主張の要旨)

(一)  被告人Kの弁護人は、本件自衛隊朝霞駐とん地自衛官強殺事件において、被告人Kは、AおよびSの行為について強盗予備の責任は格別、強盗殺人ないし強盗致死の責任を負うものではない旨を主張するが、その理由は大略次のとおりである。

(1) 八・二一朝霞事件における被告人K、AおよびSの共謀の内容は一応、AおよびにSおいて自衛隊朝霞駐とん地内に侵入して弾薬庫から銃を強取すること、しかもその方法はAおよびSにおいて自衛官の制服を着用して自衛官に変装し、弾薬庫の警衛を欺罔し、その隙を見てこれを脅迫、監禁して鍵を取り上げ、六四式小銃を分解して運び出し、自動車に積み込んで脱出する、というものであったところ、Aにおいては弾薬庫内に銃の存在しないことを知っていたのであるから当然銃強取の意思は有しなかったものであり、したがって被告人KおよびSにおいて弾薬庫からの銃強取を意図していたとしても、それは対象の不存在により実現不能に帰し、結局弾薬庫からの銃強取についての共謀は成立したということはできず共謀によらない本件自衛官強殺事件について実行々為者でない被告人Kが正犯の責任を負ういわれはない。

(2) 仮に、弾薬庫からの銃強取の共謀の成立が認められたとしても、その内容は弾薬庫の警衛を欺罔、脅迫して銃を強取することにあったのであり、被告人Kは警衛中の自衛官を殺害してでもその携帯している銃を強取する旨の共謀はしておらず、しかもAおよびSは銃強取の目的から動哨中の一場自衛官に暴行を加えたものではなく、況んや弾薬庫からの銃強取のために暴行を加えたものでもないから、未だ右共謀の実行の着手はなかったこととなり、被告人Kには弾薬庫からの銃強取につき強盗予備罪が成立するにすぎない。

(二)  次に、被告人Aおよび同Sの弁護人は、本件自衛隊朝霞駐とん地自衛官強殺事件において、被告人Aおよび同Sには動哨勤務中の一場自衛官に対する殺意もなく、かつ同自衛官の携帯する銃を強取する意思もなかったので、両被告人には傷害致死罪が成立するにすぎない旨を主張する。

2(当裁判所の認定した事実)

≪証拠省略≫によれば次の事実を認めることができる。

(1) 昭和四六年七月一〇日ごろ、被告人は元自衛官Fの部屋に泊り、以前自衛隊朝霞駐とん地の弾薬庫係として勤務したことのある同人から右弾薬庫の模様について詳しく訊いたこと、

(2) 同年七月一二日ごろ、被告人Kと同AとがHを介して千葉県館山市内館山駅前の喫茶店「ヴィクトリア」において初めて会い被告人Aが同Kに自衛隊朝霞駐とん地などの説明をした際、すでに駐とん地内に侵入して見廻り動哨中の自衛官に出会った場合の問題が出ていること、

(3) 同年七月中旬ごろ、被告人Kは同Sに対し、自衛隊朝霞駐とん地内から武器、弾薬を奪取する旨の計画を打ち明けていること、

(4) 同年八月一二日、被告人Kは同SおよびYに指示して柳刃包丁を購入、準備させ、帝国ホテルにおいて包装紙を試し切りし、「よく切れる。これで刺したら一ぺんに死ぬだろう。」と話していること、

(5) 同年八月一三日午前三時ごろ、米空軍グランドハイツへ向うH運転の自動車内において、被告人Aは同Sに対し、「私が警備員をうまく誘って表に連れ出して来るから君は車の陰に隠れていてくれ。私が帽子の庇に手を当てたら相手を刺せ。」などと指示し、被告人Sは右指示どおりに行なうことを承知し、判示第三の強盗予備の犯行に及んでいること、

(6) 同年八月一三日朝方、被告人Kは、米空軍グランドハイツ襲撃が失敗に終った後、Yの質問に対し、「包丁を見て人を殺すと思わなかったか。」「脅かしただけでは向うもおとなしくしているか。」などと答えたこと、

(7) 同年八月一五日午前三時三〇分ごろ、被告人Aおよび同Sが七軒町派出所内に侵入し、警察官から拳銃を奪おうとした際にも被告人Aの合図により同Sが警察官を刺すべく柳刃包丁を準備して行ったこと、

(8) 同年八月一五日早朝、西武新宿駅前の喫茶店「ヴィレッヂゲート」において、被告人Kは同Aおよび同Sに対し、「今回の闘争は今日が中央委員会に総括を出す最後だった。一週間後に決行する。次は本当に最後だと思って自衛隊を一発やる。朝霞の弾薬庫を狙って武器、弾薬を奪うんだ。」などと話したこと、

(9) 同年八月二〇日午後二時ごろ、千葉県木更津駅前の喫茶店「ふじみ」において、被告人Aは同Sに対し、「朝霞自衛隊ではM六四式という最新小銃があり、二分以内で分解でき、七〇センチ位に縮まる。その銃を歩哨も持っているから歩哨からも奪うんだ。」などと話し、さらに同日午後七時ごろには被告人Kも加わり、同被告人の指示により朝霞駐とん地襲撃について、被告人Aおよび同Sにおいて自衛官の制服、制帽を着用し、レンタカーに乗って正門から侵入し、弾薬庫から武器、弾薬を奪い、それを右レンタカーに積んで再び正門から逃走し、被告人Kと西武新宿駅前の喫茶店「ヴィレッヂゲート」でドッキングすることなどと各被告人の役割を決めたこと、

(10) 同年八月二〇日夜、千葉県○○郡○○町の民宿「M荘」において、被告人Aは同Sに対し、「これで二人の人生も最後だから華々しくやろう。」「中に入ったら俺に任せろ。」「俺は絶対に裏切らないから信用しろ。お前も裏切るな。もしKが裏切ったら俺がやる。」などと言ったこと、

(11) 同年八月二一日午後四時ごろ、新宿の喫茶店「タイムス」において、被告人らは本件朝霞駐とん地自衛官強殺事件について最後の打ち合せをし、専ら被告人Kの指示により、被告人Aおよび同Sにおいて駐とん地内に侵入することに成功したら成増駅前の喫茶店「宮殿」において待機するYに電話連絡すること、強取した銃はYとBにおいて縫いぐるみ人形に入れ、Yの下宿まで運搬するなどの手筈をきめたこと

3(当裁判所の判断)

そこで、以上の事実に基づいて判断するに、本件自衛官強殺事件において、被告人K、同Aおよび同Sが直接目的としていたのは自衛隊朝霞駐とん地内弾薬庫から武器、弾薬を奪取することであり、かつその方法としては一次的には右弾薬庫の警備員を欺罔、脅迫してその反抗を抑圧することがあったことが認められる。しかし、被告人らは警備の極めて厳重な自衛隊駐とん地内に侵入して、武器、弾薬奪取の目的を遂げるためには、たとえ自衛官の制服、制帽を着用して自衛官に変装することにより、無事、駐とん地内に侵入し、弾薬庫警備の自衛官にうまく接近することができたとしても、警備の自衛官の屈強な抵抗は充分予想できたことであり、又その反抗を抑圧するためには準備した柳刃包丁でこれを殺害するに至る危険も亦充分に予想できたことであって、右犯行の謀議はこのような危険をあえてしてまで武器、弾薬奪取の目的を遂行しようと意図したものであることを窺うことができる。しかも、朝霞駐とん地内に警衛勤務中の動哨または歩哨がいることは被告人らの充分に承知していたところであるから、駐とん地内に侵入した被告人Aおよび同Sにおいて右動哨または歩哨勤務中の自衛官に出会って発見され、これと格闘になった場合には、同人を殺害し、その携帯する銃器を強取することについても右謀議は及ぶものといわねばならない。したがって、この点に関する各弁護人の主張はいずれも失当であって採用しない。

また、被告人Kの弁護人は、朝霞駐とん地の弾薬庫内に銃の存在しなかったことをもって本件共謀の不成立を主張するが、それは弾薬庫内に銃が存在しないために銃を強取することができなかった場合に銃強取の点について未遂の論じられるのは格別、右弾薬庫内の銃の不存在自体は何ら本件共謀の成立を左右するものではない。

三、腕章の点について窃盗罪を認定した理由

判示第六の自衛隊朝霞駐とん地自衛官強殺事件において、検察官は、被告人K、同A、同S三名共謀のうえ警衛腕章を強取したとして本件強盗殺人の犯行においては強取の点についても既遂である旨を主張し、被告人Aおよび同Sの弁護人は、警衛腕章の点について強盗罪は成立しない旨を主張するので判断するに、≪証拠省略≫によれば、被告人らの自衛隊朝霞駐とん地襲撃の目的が同駐とん地内弾薬庫からの銃、弾薬の奪取にあったことは明白で、未必的には警衛勤務中の自衛官からその携帯する銃を奪うことまで認容していたことは前述のとおりであるが、他方において被告人らが腕章その他銃、弾薬以外の自衛官の着用物を奪うことにつき具体的に共謀した形跡のないことは勿論、包括的、未必的にせよ、そられ自衛官の着用物までが被告人らの強取の対象となっていたことを認めることはできず、被告人Aおよび同Sが警衛腕章を奪い取るに至った理由は前判示のとおり、一場自衛官と格闘中草むらに落ちたライフル銃を発見できなかったため、止むなく朝霞駐とん地に侵入した証拠の品として腕章を奪取したものであることが認められる。以上によれば、被告人Aおよび同Sが一場自衛官の着用していた警衛腕章を奪取した行為は本件武器等強取の犯意とは別個の、その機会に生じた新たな犯意に基づくものといわなければならない。よって、右の点に関する被告人Aおよび同Sの弁護人の主張を採用し、警衛腕章奪取の点は、右被告人両名についてのみ窃盗罪の成立を認めた次第である。

四、被告人Y′ことYに対し強盗殺人等幇助罪を認定した理由

1(検察官主張の要旨)

検察官は、判示第六の(一)の自衛隊朝霞駐とん地自衛官強殺事件(以下本件という。)について被告人Yが共同正犯としての刑責を負うべきであると主張し、その理由として、被告人Yは、(イ)被告人Kの指示を受けて柳刃包丁を購入していること、(ロ)米軍グランドハイツ強盗予備事件に実行々為者の一員として参加していること、(ハ)Kらが自衛官を殺害してでも武器などを強取しようとしていることを知りながら、すすんで強取した銃を運搬するための人形を自ら創意工夫をこらして作ったこと、(ニ)右人形を、犯行に使用する自衛官の制服、制帽などとともにKに手渡したこと、(ホ)成増の喫茶店「宮殿」において待機し、朝霞駐とん地に侵入したAからの電話を受けてKに連絡したこと、(ヘ)Aから賍物である警衛腕章を右縫いぐるみ人形とともに受け取り、これを自分の下宿へ持ち込んでいること、の各行為に加担し、右一連の加担行為は本件自衛官強殺事件遂行のための重要な行為であり、強殺行為には直接関与しなかったものの、警衛を殺害してでも武器などを奪取する共同意思の下に、互いに他の分担行為を利用し合い、各自これを実行に移すことの意思を互いに相通じたうえ、積極的に右一連の加担行為に出たものであるというのである。

2(当裁判所の判断)

検察官は、その主張からも明かなように、被告人Yは本件の実行々為自体には関与していないから、同被告人について共謀共同正犯としての刑事責任を追及するものといわねばならないが、共謀共同正犯が成立するためには特定の犯罪遂行のため「共同意思の下に一体となって互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議」(最高裁昭和三三年五月二八日大法廷判決、刑集一二―八―一七一八)の成立したことが必要であり、他人の行為を利用して特定の犯罪を遂行しようとする意思(共同犯行の意思)までを有せず、単に非実行々為に加担するだけの意思しか有しない者には未だ共謀による正犯の責任を負わせることは否定されなければならないと解すべきところ、検察官は本件審理の過程において、右謀議の成立につき、(イ)昭和四六年八月一八日東京都世田谷区○○○×丁目×番××号O方Kの居室においてKと、(ロ)同月二一日午後三時ごろから午後六時ごろ同都新宿区七丁目所在喫茶店「タイムス」においてK、A、Sと本件犯行について共同謀議をとげた旨主張するのであるが、前掲関係証拠を検討するも、被告人Yが右日時場所においてKから本件犯行について打明けられ、犯行の大要について事前の認識があったことは窺われるが、後段認定事実を併せ考えると、被告人YにおいてK、A、Sと共同意思の下に一体となって、右の者らの行為を利用して自己の意思を実行に移すいわゆる共同犯行の意思まであったとは認め難い。もっとも被告人Yは本件につき検察官主張の(ハ)、(ニ)、(ホ)の各行為に加担していることは前判示第六の(三)のとおりで(検察官主張の(イ)の包丁購入の事実は(ロ)の判示第三の犯行に供されたもので、本件犯行に供されることについての認識があったものと認むべき証拠はなく、(ロ)、(ヘ)の事実は謀議を推認する根拠とはなし難い。)、右事実によれば、被告人YはK、A、Sによる本件犯行直前まで行動を共にし、且つ本件犯行中、犯行現場に近い判示喫茶店「宮殿」にいたことが認められるので、右事実から本件は被告人Yを含めた共同犯行ではないかと疑う余地がないでもないので、更に判示第三の被告人Yの犯行を含めて同被告人が本件犯行に際し実行行為者と前記のとおり行動を共にするに至った経緯について検討するに≪証拠省略≫によれば、大略次のような事情を認めることができる。

(1)  被告人YはKが昭和四五年四月日大文理学部哲学科に入学し、同年五月ごろ自ら発起人となって学内学術研究サークルとして哲芸研を創設したところ、日大文理学部心理学科に入学、Kと同じく右哲学科に入学した、横浜市立○○高校の同期生で親しい友人であった前記Bを介してKを知るようになり、間もなく同女に誘われて哲芸研に入会したこと、

(2)  哲芸研の会員数は当初約二〇名、同調者を含むと約五〇名いたものの、創設されて間もなくKの過激な言動に同調できない脱会者が相次ぎ、Kを中心としたその同調者らにより喫茶店などを利用して学習会、討論会は続けられ、被告人Yもこれに参加していたが、哲芸研は翌四六年五月ごろには主流派と反主流派に分裂し、主流派にはKを中心としてS、被告人Y、B、前記Iらがいたこと、

(3)  被告人Yは、哲芸研に加入して学内問題、さらに社会問題に関心を寄せると共にKに対して好意を抱くようになり、ことに哲芸研分裂後はKの思想や理論に対する共鳴からよりも、むしろ同人に対する個人的感情から同人との接触を継続していたこと、

(4)  被告人Yは、同年七月末近くBの家に遊びに行った際、同女にP′ことPから電話があり、「Kが来て群馬の自衛隊基地から銃を取って来るように頼まれたがどうしたらよいか。」と相談されて、Bが「断ったらいい。」と答えるのを聞いていたこと、

(5)  被告人Yは、同年七月下旬ごろ、自己の下宿先においてKと初めて肉体関係をもち、その前後ごろには自分の部屋をKが自由に使うことを承知して鍵を入口の下駄箱の上に置くことに決め、以後も同人と肉体関係を続けたこと、

(6)  被告人Yは、同年八月一一日ごろ、東京都新宿区内の喫茶店「くじゃく」において、K、S、さらにBも同席した際にKからSが八月一二日ごろから一週間被告人Yの下宿に一緒にいたことにしてくれるようアリバイ工作を依頼され、これを引き受けたこと、

(7)  被告人Yは、同年八月一二日ごろ、新宿駅中央前の喫茶店「しみず」前において、KからSとともに二、〇〇〇円を手渡され、包丁を買って来るよう指示され、東京都新宿区角筈の○○金物店で柳刃包丁一丁を買い求めたこと、

(8)  被告人Yは、同年八月一二日ごろ、右のように包丁を買い求めたのち、Kの指示どおり帝国ホテルに集合し、A(A′と称していた。)を紹介されたが、同ホテルにおけるKの言動、ことに包丁でSが手に持った包装紙などを切りながら「これで刺したら一辺に死ぬだろう。」などと言ったこと、集まった部屋に自衛官の制服が置いてあり、Aらがこれを着てみていたことなどを見聞し、さらに前記PからB宛の電話の内容を合わせ考えるうち、Kらが自衛隊の駐とん地などから武器を奪取しようと計画していることを知ったこと、

(9)  同年八月一二日夜、右のように帝国ホテルに集合したのち、被告人Yは、Kに指示されるままH運転のレンタカー助手席に同乗して判示第三の米空軍グランドハイツ強盗予備の犯行に加わったが、その際右Hから車内で「人を殺すんですよ。」などと話され、さらにその後右米空軍グランドハイツ襲撃が失敗に終ってKと共に自分の下宿に帰って寝た際、同人から「包丁を見て人を殺すと思わなかったか。」「脅かしただけでは向うもおとなしくしているか。」などと聞かされたこと、

(10)  被告人Yは、同年八月一四日夕方、自分の下宿に来たKと共に新宿の喫茶店「くじゃく」に向う途中、「朝霞をやるからYさんは成増のどこかの喫茶店に入って連絡をしてくれ。」と頼まれ、右喫茶店「くじゃく」でA、Sと共にKと再度顔を合わせたのち、同日午後八時ごろ、東京都板橋区内成増駅前の喫茶店「宮殿」において、自衛官の制服に着換えたA、Sと共に待機したが、Kからの電話連絡で朝霞駐とん地襲撃を中止したこと、

(11)  同年八月一七日ごろ、Kらの武器奪取計画を知り、これに加担することを苦慮した被告人Yは、友人Bの家に遊びに行き二人で「今後Kからの依頼は絶対断ろう。」などと話し合ったこと、

(12)  翌八月一八日ごろ、Kから電話で呼び出された被告人YはBと共に東京都世田谷区烏山地内の喫茶店「ミラノ」に赴き、Kから「もう一度手伝って貰う。」といわれてこれを断るや、同人の指示で右喫茶店を出て三人でKの下宿に行き、そこでKから「Hのようにして貰いますよ。Hは今ある所に閉じ込めて自己批判させている。」などと脅されたうえ、朝霞駐とん地から奪取した銃の運搬係を依頼されて止むなくこれを引き受け、さらにその銃を運搬するための入れ物を持って来ることを指示されたこと、

(13)  被告人Yは、同年八月二〇日ごろ、Kから指示された銃の運搬具についてBと相談した結果、縫いぐるみ人形を作ることになり、横浜市○○区内の自宅においてBと共に縫いぐるみ人形を作ったこと、

(14)  被告人Yは、同年八月二一日午後四時ごろ、Kの指示に基づき、Bと共に自分の下宿先である東京都世田谷区○○○地内の「D荘」の自室からKらの待機する新宿駅西口の喫茶店「タイムス」まで自衛官の制服やヘルメットなどの入ったボストンバッグと布袋を運搬したこと、

(15)  同日午後八時三〇分過ぎごろ、被告人Yは、Kの指示に基づきBと共に東武東上線成増駅前の喫茶店「宮殿」において朝霞駐とん地内に侵入したAからの電話を受けて、これをKに連絡したこと、

(16)  さらに、被告人Yは、右喫茶店「宮殿」において、一場自衛官から奪取して来た警衛腕章の入った縫いぐるみ人形をAより受け取り、これをKの指示により自分の下宿まで運搬し、右警衛腕章の血痕を水で洗い落として、これを部屋の畳の下に隠したこと、

以上の事情を綜合検討すると、被告人Yの判示所為は、これをもって同被告人の本件犯行についての前記共同犯行の意思の存在を断定する証拠とはなし難く、むしろ被告人Yの前記所為は、実行々為以外の行為をもって正犯の実行々為を容易ならしめる意思をもって正犯を幇助した行為であると認めるべきである。

以上により、本件自衛官強盗殺人の犯行において、被告人Yに対し強盗殺人、住居侵入、公務執行妨害各幇助罪の成立を認めた次第である。

五、被告人Aに関する期待可能性の存否について

1  被告人Aの弁護人は、被告人Aに対する本件強盗殺人、公務執行妨害、住居侵入、強盗予備各事件において、同被告人はいずれも共犯者Kの脅迫的命令にしたがって行なったもので、同被告人には他の適法な行為に出ることを期待することができない状態にあったから、右の本件各罪につき同被告人はいずれも無罪である旨を主張するので、以下この点について判断することとする。

2  ≪証拠省略≫によれば、被告人AがKと出会い本件一連の犯行に及んだ経緯などにつき、次のような事実を認めることができる。

(1) 被告人Aは、昭和四六年六月下旬ごろ、前記○○○○企業株式会社が千葉県○○郡○○町において民宿「M荘」の営業を開始した際同荘喫茶部の責任者として採用されてアルバイトとして働き始め、間もなく右○○○○の社員でKの大学の先輩にあたりかつ左翼学生活動に従事したことのあるHと知り合ったこと、

(2) 被告人Aは、同年七月初めごろ、東京都内御徒町付近の喫茶店において、Hに対し「俺は山口と朝霞の自衛隊の情報なら知っている。今金に困っているからこの情報を買ってくれそうな者を知らないか。」などと自衛隊の情報の買い手の紹介を依頼したが、これを聞いたHは、Kに話をすれば同人は京浜安保共闘や連合赤軍のメンバーと接触があるので自衛隊の情報の買い手を見つけるだろうと考え、その後Kに被告人Aからの話の内容を伝えたこと、

(3) 右のようにHから自衛隊の情報を売りたがっている元自衛隊員がいるとの話を聞いたKは、これを京都大学経済学部の助手をしていたT′ことTに伝え、同人らと武器奪取闘争を進めることを確認し合ったうえ、右Tから自衛隊の情報を提供しようとしている被告人A(当時A′と称していた。)と会うよう指示を受け、Hにその旨を連絡したこと、

(4) 同年七月一二日ごろ、被告人Aは、Hを介して千葉県館山市内館山駅前の喫茶店「ヴィクトリア」において初めてK(当時K′と称していた。)と会い、「自衛隊内には反戦自衛官グループがあり駐とん地内から自衛官の制服、制帽などを盗み出せるのでそれを売りたい。制服や制帽で自衛官に変装すれば簡単に駐とん地内に侵入できるので弾薬庫から武器や弾薬を奪取することができる。」などと持ちかけ、合せて自衛隊朝霞や高崎各駐とん地内の模様を図面を書いて説明し、これに対してKが「取引しよう。」と応じて話がまとまり、被告人AはKから自衛官制服等購入代金の一部として現金二万五、〇〇〇円位を受け取ったこと、

(5) 同年七月末ごろ、東京都渋谷区内国鉄渋谷駅前の「西村フルーツパーラー」において、被告人Aは再びHを加えてKと会い、同人との間に二名分の自衛官の制服、制帽などを三〇万円で取引する話し合いがまとまったこと、

(6) その後Kは前記Tから被告人Aが警察のスパイかも知れないから、その身上について調査するよう指示され、Hから被告人Aが○○○○企業に入社する際提出した履歴書を書き写したものを入手し、これを利用して同被告人の身上、経歴などを調査し、他方、被告人Aは、元自衛官Fらを通して自衛官二名分の制服、制帽などを調達したこと、

(7) 同年八月一二日午後八時ごろ、被告人Aは、Kからの指示により右調達した自衛官二名分の制服、制帽などを準備して帝国ホテルに集合したところ、Kから日本共産党中央委員会作成名義の「調査書」なる書面(コピーしたもの)を見せられ、同書面には同被告人が右委員会なるものの指示にしたがわない場合には「抹殺する」などの文言もあったうえ、さらに同被告人はKから「君がAといい、広島大学中退が出鱈目であることも調べてある。前の会社の使い込みもわかっている。」「赤衛軍は縦割りの全国地下組織で俺はある方面の軍団長をしている。君が逃げても逃げ切れるものではない。部屋の外にもホテルの外にも見張りがいる。」「君が服を自衛隊から持ち出したのは知っている。こんな事をして金儲けして済むと思っているのか。自衛隊法違反で二、三年くらい込むことになる。」などと脅かされ、Hと共に米空軍グラントハイツの警備員を襲って銃を奪取して来るよう指示されたこと、そして被告人Aは、同じくKの指示により柳刃包丁を購入、準備して集合したS、YをそれぞれV、Wと称する同志として紹介され、右グラントハイツ襲撃にあたってのそれぞれの具体的な役割を指示されてこれを承知し、判示したように、S、Yと共にH運転のレンタカーに同乗し、米空軍グラントハイツ強盗予備の犯行(判示第三)に加わったこと、

(8) その後の七軒町派出所強盗予備の犯行(判示第四)、を経て自衛隊朝霞基地襲撃(判示第六)に至る一連の本件武器奪取斗争はすべてKの立案、指示によるもので、共謀とはいっても、その実体はKからの一方的指示と被告人A、Sらのこれに対する承諾という内容のものであったこと、

以上の事実から考察すれば、被告人Aは金銭に窮したために自衛隊の情報を売ろうと考え、Hが左翼学生運動の活動歴を有することを知って同人にその情報の売却先を依頼し、同人の紹介でKと会うに至ったもので、当初からは自分が武器奪取闘争に加わる考えはもっておらず、Kに強引に誘い込まれて右本件各犯行に加担していったことは首肯しなければならない。しかもKは、被告人Aを自己の企図する武器奪取闘争に引っ張り込むために同被告人に対し、絶えず自己の属する赤衛軍なる組織の強大さを見せかけ、その組織のメンバーが同被告人の行動を監視している風を装い、自分の指示にしたがうよう心理的圧迫を与えたことを認めることができる。しかしながら他方、被告人Aにも、館山駅前の喫茶店「ヴィクトリア」においてKと初めて会った際、自衛隊の情報を換金したい目的から自己を誇大に語ったために、いわゆる引っ込みがつかなくなり、Kと行動を共にすれば、同人から自衛隊の制服、制帽等の代金約三〇万円を受け取れる期待もありKと行動を共にせざるを得なくなったこと、被告人Aは対Sとの関係においては終始優位に立ち、同人をリードしたこと、しかも米空軍グラントハイツ強盗予備、七軒町派出所強盗予備および朝霞駐とん地自衛官強殺、いずれの犯行に際しても警備員、警察官ないし動哨中の自衛官に接近し、その隙を窺い、或いは殴打するなど積極的な行為に出ていることが認められるうえ、被告人AにはKの企図している武器奪取闘争計画を知って同人との接触を避け、或いはKらのグループから離脱したり、Kの指示に反対しようとした特段の形跡は見当らないこと、被告人Aは何も身体を拘束されたり、常に監視されていたわけではなく、市中を自由に動き回っていたのであるから、場合によっては事態を警察官に通報して自己の安全を求める、などの措置はいつでもとれる状態にあったにも拘らず、かかる行動にでていないことが認められ、以上の事情を綜合すると、被告人Aは、Kの脅迫によりある程度の心理的圧迫を受けていたとしても、未だ他の適法な行為に出ることを容易に期待できる状態にあったというべきである。(なお前記グラントハイツ強盗予備の犯行に参加したHが「グループから抜ける」といい出した際、Kから「只で済むと思っているのか」と脅されたうえ「懲罰委員会の方を二〇万円で話をつけた。一万円は俺が出してやるから残り一九万円を用意しろ」といわれ、同年九月三日ごろHがKと東京都内信濃町駅近くの喫茶店で会い、右金員をKに交付している事実も認められるが、右の事実を併せ考慮しても、前認定を左右することはできない。)

以上の次第で、被告人Aにつき期待可能性の不存在をいう弁護人の主張は理由がない。

Ⅵ  量刑の事情

量刑について判断を加えるに先立ち、判示第六の犯行に至る経緯について被告人K、同A両名の弁解が大きく相達しているのが本件の特異な点であるので、この点について検討を加えると、まず被告人Kは、要するに「Hから、反戦自衛官組織のリーダーでA′と名乗るAを紹介され、同人と昭和四六年七月中に千葉県館山市内の喫茶店「ヴィクトリア」、東京都内西村フルーツパーラーで会い、同人が数十名の反戦自衛官のリーダーで、自衛官の制服、制帽などの装備が容易に手に入るので、自衛官に変装して基地に侵入し弾薬庫から銃器、弾薬類を奪取する計画を、あなた方の組織と手を組んで進めていきたい旨の申入れがあり、高崎、朝霞、練馬の各基地の内部の模様などを図面に書いて説明された結果、工作費等に三〇万円を出す約束をした上、同人の言を信用して判示第六を含む本件一連の武器奪取斗争を実行したわけで、当初はAを警察のスパイではないかとの疑いをもったので、知人の新聞記者Zに同人の身元調査を依頼した結果、経歴にいつわりがあったため、同年八月一二日帝国ホテルで同人と会った時、調査報告書をみせたことがあるが、同人を強迫した事実は全くない。結果的には同人の言はすべてでたらめだったので、騙されたことになる」というのであり、他方被告人Aは、要するに「Hの紹介でKと会ったのは自衛官の制服の売買のためで、同人との間に三〇万円で売買することがきまり、同年八月一二日帝国ホテルにHと赴いたのは右制服をKへ売り渡すためであったが、その際Kから調査報告書を示され、A′という偽名を作ったり、前科があり経歴を詐称していることが判明したので死んでもらうとドスのきいた声で脅され、更に逃げようとしても組織の者が君を監視しているから逃げられない。死ぬのがいやなら今夜の斗争に参加してくれと強要され、同所で被告人S、同Yの二人を紹介され、Hと共に判示第三の犯行を犯すに至ったもので、その後の一連の本件武器奪取斗争も、前記Kの脅迫、威圧下に行われたものであり、自分としては本心から武器を奪取する意図は全くなかった」というのである。

ところで本件一連の武器奪取斗争は、いずれも被告人Kが立案、指示して被告人A、同S、同Yらにやらせたことは被告人Kも認めているところであるが、特に判示第六の犯行については、事件の特異性から、基地内部の状況、特に動哨の経路、弾薬庫の位置、その内外の警衛の状況等について、内部事情にくわしい者の協力がなければ到底実行不可能であることを考えると、被告人Aの情報提供による協力があったものといるざるを得ず、被告人Aは当初は自ら武器奪取斗争に参加する意図をもたず、被告人Kから調査報告書を示され、判示第三の犯行を強要された事情が窺われるものの、同Aのその後の一連の本件犯行がKの脅迫により自由な意思決定を奪われ、命ぜられるままになされたものである旨の同被告人の弁解はたやすく措信できないことは前判示のとおりである。他方、被告人Kにおいても、自分が武器奪取斗争を行っている赤衛軍の一員で、軍組織には相当数の人員が所属しており、判示第六の犯行に際しては、別動隊が火焔びんで朝霞基地を攻撃することになっている旨虚構の事実を、実行担当者である被告人A、同Sらに申し向けて欺罔し、右犯行を敢行させているのであって、右の事情は被告人K、同Aの量刑上特に考慮すべき点である。

一、一般的事情

1  被告人らの判示第一の犯行を除いた本件一連の犯行はいわゆる権力機関から武器、弾薬を奪取するため、ヘルメット、ナンバープレートを窃取し、変装用の自衛官の制服、制帽を準備し、柳刃包丁を買い求めたうえ、米空軍グラントハイツ、次いで七軒町派出所を襲っていずれも銃器を奪取することに失敗するや、遂には自衛隊朝霞駐とん地に侵入し、動哨中の一場自衛官を殺害するに至ったものでその犯行態様は集団的、組織的かつ計画的であって、被告人らの刑事責任は極めて重大であるといわざるを得ない。(もっとも集団的組織的とはいっても、赤衛軍とは被告人Kが勝手に称していたもので、その軍組織の実体は殆ど皆無に近く、強いて挙げるならば、これには被告人Kを中心とし、同Sおよび同Yのほか日大哲芸研の極く小数のメンバーが属していたにすぎず、計画的とはいっても、被告人Kと前記T′ことTとの謀議ないし相談はあったとしても、本件被告人らにおける意見の相互交換は殆どなく、各犯行の立案、具体的実施方法の決定は殆どすべて被告人Kひとりにおいて行なっていたもので、その計画内容は極めて無謀かつ杜撰で、実現性に乏しく、又実行担当の責任者である被告人Aにおいても果して真実武器を奪取する意欲がどの程度あったものか疑問の余地も窺われ、本件一連の武器奪取斗争は結局一ヶの武器をも奪取することなく一自衛官を殺害する結果をもって終っているのであるが。)

2  さらに、本件自衛官強殺事件について見るならば、実行々為者被告人Aおよび同Sは、自衛官の制服に着換えて自衛官を装って朝霞駐とん地内に侵入し、動哨中の自衛官一場哲雄と出会うや、被告人Aにおいて殴る蹴るなどし、被告人Sにおいて所携の柳刃包丁で同自衛官を数回に亘って突き刺して殺害し、付近に倒れた同自衛官を放置して逃走したものであるが、若い、前途有為な青年自衛官の尊い生命を一瞬にして奪い去ったその結果はあまりにも重大であり、右犯行が被害者一場自衛官の両親に与えた憤りと悲嘆には想像を絶するものがあり、両親が今なおその衝撃から被告人らに対し厳重な処罰を望んでいる気持も容易に推察される。右のような両親の受けた精神的打撃は勿論その生涯に亘って癒されることのないものではあろうが、それを癒す手助けとしての慰藉の方法も未だ十分には論じられていない。

二、個別的事情

1  被告人Kについて

被告人Kの本件一連の犯行(判示第三乃至第六)における行為の具体的内容を見るに、実行々為こそ担当してはいないが、本件いずれの犯行においても主謀者の立場においてすべての犯行を立案して日時、場所等具体的計画を決定し、他の共犯者の役割まで指示してこれを実行させたものであって、三件の武器奪取の犯行で実行々為に加わらなかったというだけでは、その刑責を何ら軽減するものではなく、むしろ、被告人らの中で最も重いといわなければならない。

2  被告人Aについて

次いで、被告人Aの本件各犯行(判示第三、第四、第六)における具体的行為内容を見るに、同被告人は、米空軍グラントハイツ強盗予備の犯行においては警備員を誘い出す役を引き受けてこれに接近し、七軒町派出所強盗予備の犯行においては気分の悪くなったSを介抱する風を装い、派出所建物内に侵入して勤務中の警察官の隙を窺い、さらに最後の朝霞事件においては、Sと共に自衛官を装って駐とん地内に侵入し、動哨中の一場自衛官と出会うや最初に殴る蹴るの攻撃を加え、Sに「銃を捜せ。」と命じて自らもこれを捜し、その後に腕章を奪い去るなど、右いずれも犯行においても実行々為者として積極的に極めて重要な行為をしているのであって、その責任は主謀者Kに次いで重いといわなければならない。

3  被告人Sについて

被告人Sの判示第一の犯行は多額の使途不明金事件などに端を発したいわゆる日大闘争に関聯して、大学当局に不安と動揺を与え学内を混乱に陥らせる目的から、大学職員や学生ら多数の現在する教室に火炎壜を用いて火を放ち、次いで構内の物置に同様火を放ってこれを全焼させたが、右は目的のためには手段を選ばず、暴力に訴えたもので、その危険性と大学当局、学生のみならず社会一般に与えた影響の大きさを考えるとき、本件現住建造物放火未遂および非現住建造物放火の各犯行に対する被告人Sの刑責は重大であるといわなければならない。さらに、引き続く本件一連の犯行(判示第二乃至第四、第六)における被告人Sの具体的な行為内容を見るに、武器奪取闘争において使用する目的からKの指示によりヘルメットを窃取し(判示第二の犯行)、米空軍グラントハイツ強盗予備の犯行においては、Aと共にH運転の自動車から降り、包丁を手にして車の陰に隠れ、Aの誘い出して来た警備員から右包丁で刺すなどしてその携帯する銃を奪う機会を窺い、七軒町派出所強盗予備の犯行においては衣服の下に包丁を携帯したうえ、気分の悪くなった風を装い、Aに介抱されるようにして派出所建物内に侵入し、Aの合図によって勤務中の警察官を刺すなどして、その携帯する銃を奪うべく機会を窺い、最後の朝霞事件においては、Aと共に自衛官を装い、レンタカーを運転して駐とん地内に侵入し動哨中の一場自衛官と出会い、Aと格闘となったと見るや、予め手に持った柳刃包丁で数回に亘って同人の右腹部などを突き刺し、直接殺害行為を行なっているのであり、右いずれの犯行においても積極的に実行々為に出、ことに最後の朝霞事件においては被害者一場自衛官に直接死因となった傷害を与えていることを考慮するとき、被告人Sの刑責は極めて重大であるといわなければならないが、同被告人については昭和四五年四月日大文理学部に入学し、哲芸研を介してKと知り合うや、同人の展開する武力革命理論に共鳴し次第に同人を信奉して行動を共にするようになり、本件犯行はすべて同人の指示乃至命令に基いて行われたものである事情及び本件犯行当時未だ少年であったことはその量刑に当って十分に斟酌しなければならず、また両親において死亡した一場哲雄の遺族に一応の慰藉の方法を講じていることも同被告人にとって有利な事情といえる。

4  被告人Yについて

本件各犯行(判示第三、第六)における被告人Yの具体的な行為内容を見るに、同被告人は、帝国ホテルに集合後Kの指示によりH運転のレンタカー助手席に乗ってグラントハイツ中隊正門前まで至り、その際Hとのアベックかつ酔った振りを引き受けていたものであり(グラントハイツ強盗予備)、朝霞駐とん地自衛官強殺事件における幇助行為の具体的内容は前述のとおりであり、事案の重大性を考えるとき、同被告人に対する刑責は軽視できないといわなければならないが、右グラントハイツ強盗予備の犯行において被告人Yは正犯とはいっても、その加担した行為はA、Sはもとより、レンタカーを運転したHの行為に比しても軽微であったということができるし、朝霞駐とん地自衛官強殺事件における加担態様が幇助であることを考慮すれば、同被告人に対する刑責は他の共犯者らに比して一段軽いといわざるを得ない。また主としてKに対する前記のごとき個人的感情から右のような犯行に至った被告人Yの犯情も特段の考慮を払うべきである。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石橋浩二 裁判官 杉浦龍二郎 裁判官松本勝は転勤のため署名捺印することができない。裁判官 石橋浩二)

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